「すぐはっきり」を、やめました

暮らし

こんにちは。

元・すぐはっきりミニマルおばさんこと、涼(りょう)です。

私はもう、物事をすぐにはっきりさせないことにしました。

はっきりさせたいという衝動が、怠慢だったことに気がついたからです。

今回は「すぐはっきり」させることをやめたことについてお話しします。

この記事は、こんな人におすすめです。

  • ついつい白黒つけてしまう人
  • せっかちな人
  • 心にゆとりを持ちたい人
  • ミニマリストを目指している人

すぐはっきりミニマルおばさんという名前の由来

「すぐはっきりミニマルおばさん」という名前は、夫が考えてくれました。

私が、すぐに物事をはっきりさせたがること、ミニマリストであること、おばさんであることが理由です。

おもしろいし、私らしいと感じたので、ここ数年この名前を愛用していました。

物事をはっきりさせると、もやもやした不快な状態から解放されるため、脳が報酬系を作動させ、爽快感・快楽を得ることができます。

私は、なんでもかんでもはっきりさせて快感を得たい、はっきり中毒者でした。

でも最近、物事をはっきりさせることに疑問を持つようになったんです。


「はっきりさせたい」は怠慢

「はっきりさせたい」という欲は、早く楽になりたいという自分の都合です。

すぐにはっきりさせようとするのは、物事の持つ本来の深みや複雑さを切り捨てることに繋がり、それは怠慢なのでは…と感じるようになりました。

 複雑さに耐えることを放棄

物事は本来、複雑で割り切れないもの。

その複雑さを受け止めるには、エネルギーが必要です。

「白か黒か」という極論に逃げ込むのは、その複雑なグラデーションを見つめ続ける苦労から逃げること。

つまり、楽をすることなんだと気がつきました。

相手を理解する「手間」を省略

対人関係において、相手を「こういう人だ」とはっきり定義してしまうのは楽なことです。

でもそれは、相手の多面性や、日々変化する可能性を無視することに繋がります。

「はっきりさせる」ことは、相手を理解し続けるプロセスを打ち切り、ラベルを貼って処理するという傲慢さを含んでいるのかもしれません。

「自分だけの正解」でとりあえず安心したい

物事がはっきりせず、曖昧な状態(宙ぶらりん)でいることは、不安を伴いますよね。

その不安に耐えられず、無理にでも答えを出して安心しようとするのは、自分の心の平穏を優先して、物事の真実を置き去りにしているのかもしれません。


はっきりさせることは難しい

何かをはっきりさせたいと感じるとき、​​​​​​そこにはひとつの答えや境界線を求める気持ちがあります。

でも、現実には様々な理由が複雑に絡み合っていて、はっきりさせることは難しいです。

感情や思考の「多層性」

人の心は、ひとつの感情だけではなく「鰻は好きだけど、今は食べたくない」「ミニマリストに憧れるけど、ごちゃついた部屋に愛着がある」といった、矛盾する気持ちが同時に存在します。

これらの感情を、無理にどちらかにはっきりさせることはできません。

「見る側」によって形が変わる

物事は、見る角度や立場によって形を変えます。

自分から見れば「正」でも、相手から見れば「誤」

過去から見れば「失敗」でも、未来から見れば「必要な経験」

立ち位置が変われば答えも変わり、はっきりした正解を固定することは難しいです。

 「変化」という時間軸の存在

物事は常に動いていて、今日出した「はっきりした答え」は、明日には変わっているかもしれません。

「はっきりさせる」ことはある瞬間には有効でも、物事は常に流動的で、固定しようとすること自体に無理があります。


はっきりさせることを迫られた人たちの反応

私が誰かに対して、何かをはっきりさせようとすると、相手は追い詰められたような反応を示しました。

例えば「それってAなんですか?Bなんですか?それともどちらでもない、またはC?」といった感じで、相手の意見をはっきりさせようとしたことが、過去に何度もあります。

当時の私は、答えを早く得てすっきりしたかったんです。

相手が萎縮していたり、言葉を詰まらせていたり、身構えていたりすることに無頓着でした。

多くの人が物事をはっきりさせたがっていない・はっきりできないと感じているということに、私は気がつかなかったんです。


はっきりさせないことは「豊かさ」

今回は「すぐはっきり」させることをやめたことについてお話しました。

はっきりさせないということは、「解釈の余白」を残しておくこと。

白黒つけずにグレーのまま置いておくことで、相手も自分も追い詰められずに済みます。

ミニマルな暮らしの中で「空間の余白」を愛するように、人間関係の中にも「ゆとり」という余白が必要なのだと、改めて思いました。

何かをはっきりさせようとしたときに相手が嫌がったのは、その「余白」という居場所を奪われるような感覚があったからなのかもしれません。

物事がはっきりしないもどかしさ、その曖昧さの中に留まる強さを持てるよう、私は「すぐはっきり」させることをやめることにしました。



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